山の神の秋の祭りの晩でした。
それは、髪を長くして、だぶだぶのずぼんをはいたあばたな男が、小屋の幕の前に立って、「さあ、みんな、入れ入れ」と大威張りでどなっているのでした。亮二が思わず看板の近くまで行きましたら、いきなりその男が、
「おい、あんこ、早ぐ入れ。銭は戻りでいいから」と亮二に叫びました。亮二は思わず、つっと木戸口を入ってしまいました。すると小屋の中には、高木の甲助だの、だいぶ知っている人たちが、みんなおかしいようなまじめなような顔をして、まん中の台の上を見ているのでした。台の上に空気獣がねばりついていたのです。それは大きな平べったいふらふらした白いもので、どこが頭だか口だかわからず、口上言いがこっち側から棒でつっつくと、そこは引っこんで向うがふくれ、向うをつつくとこっちがふくれ、まん中を突くとまわりが一たいふくれました。亮二は見っともないので、急いで外へ出ようとしましたら、土間の
達二はその見世物の看板を指さしながら、声をひそめて言いました。
「お前はこの見世物にはいったのかい。こいつはね、空気獣だなんていってるが、実はね、牛の胃袋に空気をつめたものだそうだよ。こんなものにはいるなんて、おまえはばかだな」
亮二がぼんやりそのおかしな形の空気獣の看板を見ているうちに、達二が又言いました。
「おいらは、まだおみこしさんを拝んでいないんだ。あした又会うぜ」そして片脚で、ぴょんぴょん跳ねて、人ごみの中にはいってしまいました。
亮二も急いでそこをはなれました。その辺一ぱいにならんだ屋台の青い
亮二は、アセチレンの火は青くてきれいだけれどもどうも
向うの
そしたら向うのひのきの陰の暗い掛茶屋の方で、なにか大きな声がして、みんながそっちへ走って行きました。亮二も急いでかけて行って、みんなの横からのぞき込みました。するとさっきの大きな男が、髪をもじゃもじゃして、しきりに村の若い者にいじめられているのでした。額から汗を流してなんべんも頭を下げていました。
何か言おうとするのでしたが、どうもひどくどもってしまって
てかてか髪をわけた村の若者が、みんなが見ているので、いよいよ勢いよくどなっていました。
「貴様※[#小書き平仮名ん、73-12]みたいな、よそから来たものに
男はひどくあわてて、どもりながらやっと言いました。
「た、た、た、
掛茶屋の主人は、耳が少し悪いとみえて、それをよく聞きとりかねて、かえって大声で言いました。
「何だと。たった
男は汗を
「薪をあとで百把持って来てやっから、許してくれろ」
すると若者が怒ってしまいました。
「うそをつけ、この野郎。どこの国に、団子二串に薪百把払うやづがあっか。全体きさんどこのやつだ」
「そ、そ、そ、そ、そいつはとても言われない。許してくれろ」男は
「ぶん
亮二はすっかりわかりました。
(ははあ、あんまり腹がすいて、それにさっき空気獣で十銭払ったので、あともう銭のないのも忘れて、団子を食ってしまったのだな。泣いている。悪い人でない。かえって正直な人なんだ。よし、僕が助けてやろう)
亮二はこっそりがま口から、ただ一枚残った白銅を出して、それを堅く握って、知らないふりをしてみんなを押しわけて、その男のそばまで行きました。男は首を垂れ、手をきちんと
亮二はしゃがんで、その男の草履をはいた大きな足の上に、だまって白銅を置きました。すると男はびっくりした様子で、じっと亮二の顔を見下していましたが、やがていきなり
「そら、銭を出すぞ。これで許してくれろ。薪を百把あとで返すぞ。
「山男だ、山男だ」みんなは叫んで、がやがやあとを追おうとしましたが、もうどこへ行ったか、影もかたちも見えませんでした。
風がごうごうっと吹き出し、まっくろなひのきがゆれ、掛茶屋のすだれは飛び、あちこちのあかりは消えました。
かぐらの笛がそのときはじまりました。けれども亮二はもうそっちへは行かないで、ひとり
家に帰って、
「ははあ、そいつは山男だ。山男というものは、ごく正直なもんだ。おれも霧のふかい時、度々山で遭ったことがある。しかし山男が祭を見に来たことは今度はじめてだろう。はっはっは。いや、いままでも来ていても見附からなかったのかな」
「おじいさん、山男は山で何をしているのだろう」
「そうさ、木の枝で
その時、表の方で、どしんがらがらがらっという大きな音がして、家は地震の時のようにゆれました。亮二は思わずお爺さんにすがりつきました。お爺さんも少し顔色を変えて、急いでランプを持って外に出ました。
亮二もついて行きました。ランプは風のためにすぐに消えてしまいました。
その代り、東の黒い山から大きな十八日の月が静かに登って来たのです。
見ると家の前の広場には、太い薪が山のように投げ出されてありました。太い根や枝までついた、ぼりぼりに折られた太い薪でした。お爺さんはしばらく
「はっはっは、山男が薪をお前に持って来てくれたのだ。
亮二は薪をよく見ようとして、一足そっちへ進みましたが、
「おじいさん、山男は栗も持って来たよ」
お
「栗まで持って来たのか。こんなに
亮二はなんだか、山男がかあいそうで泣きたいようなへんな気もちになりました。
「おじいさん、山男はあんまり正直でかあいそうだ。僕何かいいものをやりたいな」
「うん、今度夜具を一枚持って行ってやろう。山男は夜具を綿入の代りに着るかも知れない。それから団子も持って行こう」
亮二は叫びました。
「着物と団子だけじゃつまらない。もっともっといいものをやりたいな。山男が
おじいさんは消えたランプを取りあげて、
「うん、そういういいものあればなあ。さあ、うちへ入って豆をたべろ。そのうちに、おとうさんも隣りから帰るから」と言いながら、家の中にはいりました。
亮二はだまって青い斜めなお月さまをながめました。
風が山の方で、ごうっと鳴っております。