大正十二年の震災の時であった。幡ヶ谷に住んでいた三好七郎と云う人の許へ、荻原高三郎と云う知人が避難して来て、一月ばかり厄介になっていて他へ移って往ったが、移って往く時、
「大事の書類が入れてあるから、すまないが預っておいてもらいたい」
と云って、高さ三尺位の箱を置いて往ったので、三好の方ではそれを
「うん、うん」
と云って、
「おまえさん、どうしたの」
と云って聞いてみると、七郎は
「
と云ったが、そのうちに死んでしまった。ところで、それから間もなく長女の芳と次男の次郎と云うのが病気になった。そして、次郎は夜になると、
「
と云って飛び起きたり、突然、
「わっ」
と云って叫んだりするので、留は気が
中には十数個の阿弥陀仏とした位牌と六匹の鼠が入っていたが、鼠は箱の蓋を開けるなりばらばらと飛び出して往った。三好家では驚いて