左きき
「こりゃ、ご
「ふむ」
「おお、千太か。……そんなところで及び腰をしていねえで、こっちへ入って坐れ」
「お邪魔では……」
「なアに、暇ッつぶしの青表紙、どうせ、身につくはずがない。……ちょうど、相手ほしやのところだった」
「じゃア、ごめんこうむって……」
羽織の裾をはね、でっぷりと肥った身体をゆるがせながら、まっこうに坐ると、
「
こちらは、えがらっぽく笑って、
「おいおい、そんな
「えへへ、ごもっとも。……どうも、この
「これ見や、捕物同心が、やしきで
引きむすぶと、隠れてしまいそうな薄い唇を歪めて、陰気に、ふ、ふ、ふと笑うと、書見台を押しやり、手を鳴らして酒を命じ、
「やしきでお前と飲むのも、ずいぶんと久しい。……まア、今日はゆっくりしてゆけ」
一年中機嫌のいい日はないという藤波、どういうものか今日はたいへんな上機嫌。せんぶりの千太は
「えへへ、こりゃ、どうも……」
といって、なにを思い出したか、膝をうって、
「ときに、旦那。……
「ほほう、そりゃア、いつのこった」
「わかったのは、つい、
「そう、たやすくはごねそうもねえ
「長火鉢のそばで、
「ふうん……医者の
「まア、
「医者は、早打肩だと言ったか」
「へえ。……なるほど、そう言われて見れば、顔も
「そういうことは、あるには、ある。……それから、どうした」
「どうせ、邪魔にされることは、わかり切った話ですが、北奉行所のやつら、どんなことをしやがるか見てやろうと思いましてね、そのまま居据っていると、ひょろ松が乗りこんで来ました」
「お前が突っ張っていたんでは、さぞ、いやな顔をしたこったろう」
「とんとね、……せんぶりという、あっしのお
藤波は、
「ふん、あの仏にしちゃ、おかしかろう」
千太は、うなずいて、
「まったく、あの毒虫にしちゃ、もったいねえような
「あんなのを、
「ですから、その辺のところは、実にうまくしたもんだというんです。……そりゃア、ともかく、なるほど評判だけあっていい器量だ。引起したところを見て、さすがのあっしも……」
「惚れ惚れと、見とれたか」
へへへ、と
「いや、まったく……あれじゃ、だれだって迷います。罪な面だ」
広蓋へ小鉢物と盃洗をのせて持ち出して来た小間使へ、用はないと手を振って、
「……だが、たったひとつ、難がある」
盃のしずくを切って、千太につぎながら、
「乳房が馬鹿でかすぎらア」
千太は、えッといって藤波の顔を見ていたが、急に、へらへらと笑い出して、
「こりゃア、どうも。……旦那まで千賀春の
「馬鹿ア言え、そんなんじゃねえ」
「などと
「
千太は、あわてて盃をおき、
「じゃア、ごらんなったんで」
「ああ、見た」
千太は、毒気をぬかれて、
「旦那も、おひとが悪い。さんざ、ひとに
「悪く思うな。……ちょうど、つい眼と鼻の、
ゆっくりと盃をふくむと、
「千太、ありゃア、早打肩なんぞじゃねえ、
千太は、ぷッと酒の霧を吹いて、
「これは失礼」
あわててその辺を拭きまわりながら、
「でも、まるっきり傷なんてえものは……」
藤波は、ニヤリ笑って、
「ときに、千太、千賀春は、どっちの手に撥を持って死んでいた?」
千太は、こうっと、と言いながら、
「あッ、左手でした」
「千賀春は、左ききか」
「そ、そんな筈はありません」
「妙じゃねえか」
千太は、眼を据えて、
「な、なるほど、こりゃア、おかしい」
急に、膝を乗り出して、
「すると、殺っておいて、誰か手に持たせた……」
「まずな。……殺ったやつは、たぶん、左ききででもあったろう」
「ありそうなこってすね。しかし、どうして殺ったもんでしょう。いまも申しあげた通り……」
「鵜の毛で突いたほどの傷もねえ、か。……ところで、見落したところが一カ所ある筈だ」
「見落し。……これでばッかし飯を喰ってる人間が五人もかかって、いってえどこを見落しましたろう」
ズバリと、ひとこと。
「乳房のうしろ」
千太は、ひえッと息をひいて、
「いかにも、……そこにゃア気がつかなかった」
藤波は、うなずいて、
「あんなものがぶらさがっていりゃア、誰だって、こりゃア気がつかねえ。……どうも、がてんがゆかねえから、最後に、あの、……袋のような馬鹿気たやつを、ひょいともたげて見ると、乳房のうしろに針で突いたほどの、ほんの小さな傷がある。……おれの見たところでは、たしかに、
千木は、感にたえたようすで、
「なるほど、うまく企みやがった」
「近所で聞き合わして見ると、杉の市という
といって、眼の隅から、ジロリと千太の顔を眺め、
「なんのこたアねえ、こいつが、左きき」
「おッ、それだ」
「そこで、おりゃア、つい
千太は、むっとした顔つきになり、
「こりゃア、旦那のなさることとも思えねえ。……そ、そんなことをしたら……」
藤波は、手酌でぐっとひっかけておいて、
「ふッふッふ……ところで、
「おい、ひょろ松……おい、ひょろ松……」
垢染んだ黒羽二重の袷を前下がりに着、へちまなりの図ぬけて大きな顎をぶらぶらさせ、
これが、江戸一と
ちょっと類のない
草履を突っかけるのももどかしそうに門口へ飛んで出るより早く、
「おお、阿古十郎さん……実ア、いま、脇坂の部屋へお伺いしようと思っていたところなんで……」
顎十郎は、懐中から一通の封じ文を取り出すと、ひょろ松の鼻の先でヒラヒラさせながら、
「おい、ひょろ松、藤波のやつが、こんな手紙をよこした。……千賀春が、どうとかこうとかして、鍼が乳房へぶッ刺さって、按摩の杉の市は左ききだから、とても甘えものはいけねえだろうのどうのこうの。……実ア、まだよく読んでいねえのだが、なにやら、ややこしいことがごしゃごしゃ書いてある。……大師流で
例によって、裾から火がついたように、わけのわからぬことをベラベラとまくし立てておいて、急にケロリとした顔をすると、
「それはそうと、ぜんてえどうしたというのだ、千賀春というあばずれのことは、部屋でよく聞いて知っているが、おれにゃア、藤波なんぞから
ひょろ松は、穴でもあったら入りたいという風に痩せた身体をちぢかめて、
「ちょっとお誘いすりゃアよかッたんですが、うっかりひとりでかたをつけたばっかりに、また
「お前の縮尻は珍らしくはねえが、お前が縮尻をするたびに、藤波なんぞから手紙をぶッつけられるのは大きに迷惑だ。……これ見ろ、この手紙の終りに、
と、とりとめない。
ひょろ松は、手でおさえて、
「そのお
「なんて言ってりゃア世話はねえ……この節、御用聞の値が下ったの」
「なんと仰言られても、一言もございませんが、森川の旦那には内々で、どうか、もう一度だけ、お助けを……」
頭を掻きながら、ありようを手短かに語り、
「情けねえ話ですが、歯軋りをしながら、杉の市をしょっぴいて来て、調べて見ると……」
「……杉の市じゃアなかった」
「えッ、ど、どうして、それを……」
「なにを、くだらない。下手人が杉の市なら、藤波がわざわざ言ってよこす筈アなかろう、つもっても知れるじゃないか」
「いや、もう、ご尤も。……それで、杉の市をぶッ叩いて見ると、一時は、しんじつ、そうも思ったこともありましたが、もとはと言や、こちらの
「よく
「いかにもその通り……按摩のくせに、千賀春なんぞに入揚げようというやつですから、のっぺりとして、柄にもねえ渋いものを
「ふふん、それから、どうした」
「……なにしろ、
「なるほど、そう来なくちゃあ嘘だ」
「……やはり、千賀春の講中で、いわば、あっしの
「と、ヌケヌケと言ったか」
「へえ」
「
「……
「……なかなか、隅におけねえの……按摩鍼などをさせておくのは
ひょろ松は、大仰にうなずいて、
「ところが、角太郎を叩いて見ると、その通りだったんでございます。……杉の市がうるさくつけまわして困る。すっぱりと手を切るから、
「天の助けと……」
「天の助けと、這いよって、ゆすぶって見たが、へべれけで正体ねえ。……そっと引き倒しておいて、乳房のうしろへ、ズップリと一ト鍼。……ピクッと手足をふるわせたようだったが、もろくも、それなり。……引起してもとのように長火鉢にもたれさせ、ざまあ見ろ、思い知ったか、で、シコリの落ちたような気持になって、また裏口から飛び出した……」
ひょろ松は、急に顔を
「……ところで、妙なことがあります」
「ふむ」
「千賀春は、右手にも左手にも……撥なんざあ持っていなかったと言うんです」
「はてね」
「もちろん、自分は、そんな器用なことは出来なかった、やってしまうと急に浮きあし立って、長火鉢にもたれさせるのもやっとの思い、雲をふむような足どりで逃げ出しました……」
顎十郎は、トホンとした顔つきで天井を見あげていたが、急にひょろ松のほうへふりむくと、
「ときに、千賀春の死骸はまだそのままにしてあるだろうな」
ひょろ松は、上り
「なにしろ、医者の診立てが早打肩。それに検死がすみましたもんですから、今朝の
顎十郎は、立ち上ると、
「そいつは、いけねえ」
いきなり、ジンジン端折りをすると、いまにも駈け出しそうな勢いで、
「方角はどっちだ……東か、西か、南か、北か、早く、ぬかせ」
ひょろ松は、おろおろしながら、
「な、な、なんでも、
「日暮里か、心得た。……まだ、そう大して時刻もたっていない、
ふと向いの
「うむ、いいことがある」
ちょうど真向いが、
「誰か、面を出せ……誰か、面を出せ」
と、叫び立てる。
声に応じて、陸尺やら中間やら、バラバラと二三人走り出して来て、
「よう、こりゃア、大先生、なにか御用で」
「これから、亡者を追っかけて
「おう、合点だ……たとえ、十里先をつッ走っていようと、かならず追いついてお目にかけやす、無駄に脛をくっつけているんじゃねえや」
切れッ離れのいいことを言っておいて、中間部屋のほうへ向って、大声。
「それッ、大先生の御用だ、早乗を二枚かつぎ出せ」
たちまち、かつぎ出された二挺の早打駕籠。
「しっかり
顎十郎とひょろ松が、それへ乗る。
「それッ、行け!」
引綱へ五人、後押しが四人。公用非常の格式で、白足袋
「アリャアリャ、アリャアリャ」
テッパイに叫びながら、昼なかのお茶の水わきをむさんに飛んで行く。
その日の宵の
露月町の露路奥。
清元千賀春という
入口が
勝手につづいた六畳で、足を投げ出している顎十郎。壁にもたれて、いかにも
そっと、裏口の曳戸があいて、忍ぶようにひょろりと入って来たのが、ひょろ松。
顎十郎のそばへ
「やはり、お推察通りでございました」
顎十郎は、うなずいて、
「そうだろう、……それで、藤波のほうはどうだ。やって来ると言ったか」
「おつかい通り、きっちり
「それならいい、亥刻より早く来られちゃ、ちょっと迷惑だ」
ブツクサと呟いてから、
「それで、杉の市が
「なかなか
「左手に撥を持たせたのも、杉の市の仕業だったろう」
「さようでございます。……角太郎が、じぶんに濡衣を着せるつもりで、こんなことを仕組んだのだ、とうまく言い逃れるために、逆の逆を行ったわけなんでございます」
「
「へえ、そう言っておりました……なにもかも、みな角太郎にしょわせてやるつもりだって……」
「それにしても、杉の市は、あんまりいい気になってペラペラしゃべりすぎたよ。……あまり調子がよすぎるから、それで、おれは、こいつァ臭いと睨んだのだ」
「まったく。……ありようはこうだったんでございます。……杉の市のほうも、やはり裏口から這いあがって、そっと声をかけて見たが返事がない。そろそろと這いずってゆくと、手先に着物の裾が触れたので、びっくりした。……あまり静かなので、いないとばかし思っていたのに、いきなり鼻ッ先にいるんだから、驚いて一度は逃げかかったが、どうやら、ずぶずぶになってつぶれているらしい。……よほどよく寝こんでいると見えて寝息さえきこえない。……そりゃアそうでしょう。その時は、角太郎に鍼を打たれて、もう死んでいたんだ。……杉の市はそんなこたア知らない。しめたとばかりで、肩から手でさぐりあげて行って、そこは角太郎とちがって馴れたもんです。中腰になったままで、ぼんのくぼへ、ずッぷり鍼をおろして、二三度強く
「そうとばかりは言われねえさ。……これで
顎十郎は、ニヤリと笑って、
「ときに、この座敷は今朝のままになっているといったな」
「へえ、塵ッ葉ひとつ動かしません」
「そんなら、あそこを見ろ……長火鉢の端の畳の上に、酒の入った銚子が一本おいてあるだろう」
「ございます」
「千賀春が坐っていたように長火鉢のむこう側へすわって、手をのばしてあの銚子を取って見ろ」
ひょろ松は、立って行って長火鉢のむこう側へすわり、火鉢越しにせいいっぱい手をのばして見たが、とても銚子までは届かない。
「おい、ひょろ松、たったひとりで独酌をやっているやつが、そんなところへ銚子をおくか?……二人が忍んで来るすこし前に、誰かここで千賀春に酌をしていたやつがある」
「……なるほど」
「ついでだから、言っておくが、杉の市も下手人でなけりゃあ、角太郎も下手人じゃねえ」
「えッ」
「千賀春は、二人がやって来る前に……もう、死んでいたんだ」
ひょろ松は、膝を乗りだして、
「……するてえと、ここにいたやつが本当の下手人なんで」
顎十郎は、のんびりした顔で天井をふりあおぎながら、
「さあ、どうかな……ともかく、そいつは、間もなくここへやって来る」
「ここへ……あの、やって来ますか」
「女だ……まず、芸者かな。……その証拠を見せてやるから、もう一度、長火鉢のそばへ寄れ」
ひょろ松を長火鉢のそばへすわらせ、じぶんは立ちあがって、行灯をすこし上手へ移し、
「こうすると、火鉢の灰の中に、なにかキラリと光るものが見えるだろう。……ほじくり出して見ろ」
ひょろ松は、いきなり手を突っこんで灰の中から光るものをつまみあげ、
「お、こりゃア、
「ちょっと詮索すりゃア、すぐ持ちぬしが知れる品。……どうしたって、このままに放ってはおけまい」
「なるほど、千賀春は
やや遠い露路口で、かすかに
二人は目を見あわせると、銀簪をもとの通り灰の中へ投げいれ、行灯を吹きけして勝手へはいり、障子のかげで息を殺す。
軽い足音は、忍び忍び格子戸の前まで近づいて来て、しばらくそこで
障子の破れ目から覗いて見ると、年のころ二十ばかりで、すこし淋しみのある面だちの、小柄な芸者。
くすんだ色の
その時、とつぜん、ガラリと
「おい、小竜!……妙なとこで、妙なことをしてるじゃねえか。……夜ふけさふけに、いったいなにをしているんだ」
小竜と呼ばれたその芸者は、ハッと藤波のほうへ振りかえると、ズルズルと崩れて、畳に喰いついて身も世もないように泣き出した。
「顔にも似げない、ひでえことをするじゃアねえか。いくら、男を寝とられたからって、濡れ紙で口をふさぐたア、すこしひどすぎやしないか」
障子のこちらにいる顎十郎、なにがおかしいのか、高声でへらへらと笑い出した。
藤波は、急に眼じりを釣りあげてキッと障子のほうを睨みつけ、
「おお、そこにいるのは仙波だな、そんなところで笑っていないで、こっちへ出て来なさい。……ここまで追いつめたのは、素人の手のうちとしちゃ、まず上出来。……この勝負は
勝手の障子をサラリとあけると、顎十郎、
「これはこれは、藤波先生。……どうも、あなたは人が悪いですな。ちゃんと
といいながらドタドタと小竜のほうへ歩いてゆき、
「……もしもし、小竜さんとやら……なにも、そんなところでヒイヒイ泣いてるこたァないじゃないか。……そこに突っ立っている先生にちゃんと言ってやりなさい。……濡れ紙で口をふさいだなどと飛んでもない。……あたしが来た時、千賀春さんはもう死んでいたんです、と立派に言いきってやんなさい。……余計なことは言う必要がない……掛けあいに来たのだろうと、ごろつきに来たのだろうと、いやみを言いに来たのだろうと、あるいはまた、しんじつ、殺す気で来たんだろうと、そんなことは一言もいりません。……なにしろ、お前さんが来た時にア、たしかに千賀春さんは死んでいたんだから、ありのまま、それだけを言やアいい。……さあさあ、どうしたんだね」
小竜は、涙に濡れたつぶらな眼で顎十郎の顔を見あげ、
「まア、あなた……どうして、それを。……あちきは、もう、どう疑われてもしようがないと、覚悟をきめていましたのに」
藤波は、額に癇の筋を立て、
「おいおい、仙波、つまらない智慧をつけて言い逃そうとしたって駄目なこった。……相手は藤波だ。このおれの眼の前で、あまり、ひょうげた真似をするなア、よしたらよかろう」
顎十郎はまあまあと手でおさえ、
「べつに智慧をつけるの、どうのってこたアありません。……しんじつ、ありのままのことを言ってるだけのこと。……嘘だと思ったら、これから小竜が言うことをじっくりきいてごらんなさい。それが、どういう次第だったか、よッくご納得がゆきましょうから。……さア、小竜さん、この先生がいきさつを聞きたいとおっしゃる。……ゆうべのことをありのままに話してごらん、なにもビクビクするこたアない」
小竜は美しい
「では、お言葉にしたがいまして……。細かないざこざはもうしませんが、どうでも肚にすえかねることがござんして、その
「なるほど……」
「……おどろいて、火鉢のむこうへ廻りこんで行って抱きおこそうと思って、なにげなしに手にさわりますと氷のように冷たい……顔も首すじも酒に酔ったように桜色をしておりますのに、それでいて、まるっきり息をしていないんでござんす。あッと、千賀春さんの
顎十郎は手を拍って、
「いや、そのへんで結構……あとはこちらに判っている」
藤波は壁ぎわにすわって、冷然たる顔つきで小竜の話を聞きながしていたが、小鼻をふるわせてふんとせせら笑い、
「判ってるとは、いったいどう判っている」
「これはしたり……これでもまだおわかりになりませんか。……これは少々意外ですな、小竜が
「ほほう、それはいったい、どういうことです」
「手が冷たいのに、顔も首筋も桜色をしていたというところ……」
「ふん、だから、それが?」
「……あなたは、さきほど濡紙で口をふさいだと言われましたが、それでは身体にあんな血の色は残らない、かならず蒼白くなってしまうはず。……ねえ、かくいう手前が見た時も、まだほんのり薄赤かったのだから、あなたがごらんになった時はさぞ赤かったろう。……いったい、これはなんだとお思いです……どういう死にかたをすれば、死んだあとも、あんな膚色をしているとお考えです」
藤波は、おいおい不安をまぜた
「さア、それは……すると、なにか毒でも」
「おやおや、心細いですな。……あなたは、さきほど、この勝負は相引になったと言われたが、あなたがそれをご存じないとすりゃあ、どうも、引分けということにはならないようだ。……つまり、あなたの負けです」
と、ペラペラやっておいて、
「さらば、