それにひどく深くて急でしたからのぞいて見ると全くくるくるするのでした。
谷底には水もなんにもなくてただ青い
向う側もやっぱりこっち側と同じようでその毒々しく赤い崖には横に五本の灰いろの太い線が入っていました。ぎざぎざになって赤い土から
崖のこっち側と向う側と昔は続いていたのでしょうがいつかの時代に
私がはじめてそこへ行ったのはたしか
「おいおい、どこからこぼれて
私は「うん。」と
「そんならついて来い。葡萄などもう
私はすぐ手にもった野葡萄の
私どもは
十五分も柏の中を潜ったとき理助は少し横の方へまがってからだをかがめてそこらをしらべていましたが間もなく立ちどまりました。そしてまるで低い声で、
「さあ来たぞ。すきな位とれ。左の方へは行くなよ。崖だから。」
そこは柏や楢の林の中の小さな空地でした。私はまるでぞくぞくしました。はぎぼだしがそこにもここにも
「いいか。はぎぼだしには茶いろのと白いのとあるけれど白いのは
「もうとってもいいか。」私はききました。
「うん。何へ入れてく。そうだ。羽織へ包んで行け。」
「うん。」私は羽織をぬいで草に
理助はもう片っぱしからとって炭俵の中へ入れました。私もとりました。ところが理助のとるのはみんな白いのです。白いのばかりえらんでどしどし炭俵の中へ投げ
「何をぼんやりしてるんだ。早くとれとれ。」理助が云いました。
「うん。けれどお前はなぜ白いのばかりとるの。」私がききました。
「おれのは
私はなるほどと思いましたので少し理助を気の毒なような気もしながら茶いろのをたくさんとりました。羽織に包まれないようになってもまだとりました。
日がてって秋でもなかなか暑いのでした。
間もなく蕈も大ていなくなり理助は炭俵一ぱいに
「さあ
「さあ、見ろ、どうだ。」
私は向うを見ました。あのまっ赤な火のような崖だったのです。私はまるで頭がしいんとなるように思いました。そんなにその崖が
「下の方ものぞかしてやろうか。」理助は云いながらそろそろと私を崖のはじにつき出しました。私はちらっと下を見ましたがもうくるくるしてしまいました。
「どうだ。こわいだろう。ひとりで来ちゃきっとここへ落ちるから来年でもいつでもひとりで来ちゃいけないぞ。ひとりで来たら承知しないぞ。第一みちがわかるまい。」
理助は私の腕をはなして大へん意地の悪い顔つきになって
「うん、わからない。」私はぼんやり答えました。
すると理助は笑って戻りました。
それから青ぞらを向いて高く歌をどなりました。
さっきの蕈を置いた処へ来ると理助はどっかり足を投げ出して
「おい、起して
私はもうふところへ
そして私たちは野原でわかれて私は
「どうしてこんな古いきのこばかり取って来たんだ。」
「理助がだって茶いろのがいいって云ったもの。」
「理助かい。あいつはずるさ。もうはぎぼだしも過ぎるな。おれもあしたでかけるかな。」
私は又ついて行きたいと思ったのでしたが次の日は月曜ですから仕方なかったのです。
そしてその年は冬になりました。
次の春理助は北海道の牧場へ行ってしまいました。そして見るとあすこのきのこはほかに
そのうち九月になりました。私ははじめたった一人で行こうと思ったのでしたがどうも野原から大分
そこで土曜日に私は藤原
「楢渡なら方向はちゃんとわかっているよ。あすこでしばらく
私はもう
次の朝早く私どもは今度は大きな
ところがその日は朝も東がまっ赤でどうも雨になりそうでしたが私たちが柏の林に入ったころはずいぶん雲がひくくてそれにぎらぎら光って柏の葉も暗く見え風もカサカサ云って大へん気味が悪くなりました。
それでも私たちはずんずん登って行きました。慶次郎は時々向うをすかすように見て
「
ところがうまいことはいきなり私どもははぎぼだしに
「おい、ここは新らしいところだよ。もう
「さあ、取ってこう。」私は云いました。そして白いのばかりえらんで二人ともせっせと集めました。昨年のことなどはすっかり途中で話して来たのです。
間もなく籠が一ぱいになりました。丁度そのときさっきからどうしても降りそうに見えた空から雨つぶがポツリポツリとやって来ました。
「さあぬれるよ。」私は言いました。
「どうせずぶぬれだ。」慶次郎も云いました。
雨つぶはだんだん数が増して来てまもなくザアッとやって来ました。楢の葉はパチパチ鳴り
ところが雨はまもなくぱたっとやみました。五六つぶを
「おい、ここはどの辺だか見て置かないと今度来るときわからないよ。」慶次郎が言いました。
「うん。それから去年のもさがして置かないと。兄さんにでも来て
「あした学校を
「帰りに暗くなるよ。」
「大丈夫さ。とにかくさがして置こう。崖はじきだろうか。」
私たちは籠はそこへ置いたまま崖の方へ歩いて行きました。そしたらまだまだと思っていた崖がもうすぐ眼の前に出ましたので私はぎくっとして手をひろげて慶次郎の来るのをとめました。
「もう崖だよ。あぶない。」
慶次郎ははじめて崖を見たらしくいかにもどきっとしたらしくしばらくなんにも云いませんでした。
「おい、やっぱり、すると、あすこは去年のところだよ。」私は言いました。
「うん。」慶次郎は少しつまらないというようにうなずきました。
「もう帰ろうか。」私は云いました。
「帰ろう。あばよ。」と慶次郎は高く向うのまっ赤な崖に叫びました。
「あばよ。」崖からこだまが返って来ました。
私はにわかに
「ホウ、居たかぁ。」
「居たかぁ。」崖がこだまを返しました。
「また来るよ。」慶次郎が叫びました。
「来るよ。」崖が答えました。
「馬鹿。」私が少し
「馬鹿。」崖も悪口を返しました。
「馬鹿野郎。」慶次郎が少し低く叫びました。
ところがその返事はただごそごそごそっとつぶやくように聞えました。どうも手がつけられないと云ったようにも又そんなやつらにいつまでも返事していられないなと自分ら同志で相談したようにも聞えました。
私どもは顔を見合せました。それから
それから籠を持ってどんどん下りました。二人ともだまってどんどん下りました。雫ですっかりぬればらや何かに引っかかれながらなんにも云わずに私どもはどんどんどんどん
ですから次の年はとうとう私たちは兄さんにも話して一緒にでかけたのです。