朝
北條民雄
急に高まつて来た室内のざわめきに、さつきから、睡るでもなく睡らぬでもない状態でうつらうつらとしてゐた鶏三は、眼を開いた。やうやく深まつた秋の陽が、ずつと南空に傾きながら硝子越しに布団を暖めてゐる。空は晴れわたつて、真空のやうに澄みきり、風もないのであらう、この病院の大煙突の煙が、真直ぐな竿になつて立ちのぼつてゐる。鶏三は横はつたまま、さういふ風景を暫く眺めてゐたが、ふとかるい不安が頭をかすめるのを感じた。真空を思はせる澄みきつた空は、どこか、かへつて頼りなかつた。また、真直ぐにのぼつて行く煙は、陽の光りを受けてゐるためか幾分黄色味を帯び、なんとなく、屍を焼く煙を連想させる。彼は、死んでいつた何人かの友人たちを想ひ出し、彼等を焼いた煙がみな黄色く真直ぐに立ちのぼつたのを思ひ描いた。
「疲れてゐる。」
やがて鶏三は独り呟くと、寝台をぎつときしませて身を起した。頭は妙に冴え切つてゐるのに、体は綿のやうに疲れ切つて、坐つてゐるのも苦痛に感じられた。さういへばこの頭の冴え方も、どこか正常なところを失つてゐるやうに思はれた。…………
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