(きのふプルウストの……)
堀辰雄
きのふプルウストの小説を讀んでゐましたら小説家のベルゴットの死を描いた一節に逢着しました。もうすつかり病氣の重くなつてゐたベルゴットが或る日ルウヴルに和蘭派のフェルメエルの繪を見に出かける。その風景のなかの建物の黄いろい壁を見ながら「ああこれこそ自分の小説に足りなかつたものだ」とおもひながら、その黄いろい壁の美しさに打たれてゐると、突然呼吸が苦しくなつてきて、そのまま倒れて死んでしまふ――そんな一節を讀みながら、僕はひよいと片山君もこんな具合に死なれたのではないかと空想し出しました。
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