生活が一つのレールに乗って走り出すと、窓から見える風景がすべて遠い存在として感じられた。岸田は往復の省線の窓から、枯芝の傾斜面に残る雪や、ガラス板にたっぷり日光を受けて走る自動車や、あくどい広告燈の明滅を眺めて慣れた。そしてスチームは働いてゐると云ふ意識を温めた。つまり一定の職に就けたと云ふことは、それだけで岸田を安心させた。だから冬から春への推移だって、鳥屋の前で
その岸田の生活が間もなく脱線して職から雛れた時、彼の頭にいつまでも鋭く残されたものは実に他愛もない断片であった。彼が毎朝降りたX駅に、ある日一羽の鷹が翼をばたつかせながらひらひらと地上近く舞ひ舞ふてゐて、人の目を驚かせたことがある。それと、もう一つはX駅の横の小路で、一人の男が小犬に信号しては歩かせたり停らせてゐた光景である。