ちょうど
「あなたは范十一娘さんではありませんか。」
といった。十一娘は、
「はい。」
といって返事をした。すると女はいった。
「長いこと、あなたのお名前はうかがっておりましたが、ほんとに人のいったことは、虚じゃありませんでしたわ。」
十一娘は
「あなたはどちらさまでしょう。」
女はいった。
「私、
二人は手をとりあってうれしそうに話したが、その言葉は
「なぜお
といって訊いた。三娘はいった。
「両親が早く亡くなって、家には
十一娘はもう帰ろうとした。三娘はその顔をじっと見つめて泣きだしそうにした。十一娘はぼうっとして気が遠くなった。とうとう十一娘は三娘を家へ伴れていこうとした。三娘はいった。
「あなたのお宅は立派なお宅ですし、私とはすこしも関係がありませんし、皆さんから何かいわれはしないでしょうか。」
十一娘は無理に勧めて伴れていこうとした。
「そんなことありませんわ、ぜひまいりましょう。」
三娘は、
「この次にいたしましょう。」
といっていこうとしなかった。十一娘はそこで別れて帰ることにして、金の
十一娘はそれから家へ帰ったが、三娘のことを思うとたえられなかった。そこで三娘のくれた簪を出してみた。それは金でもなければ玉でもなかった。家の人に見せてもだれもそれを知らなかった。十一娘はひどく不思議に思いながら、毎日三娘の来るのを待っていたが、来ないので悲しみのあまりに病気になった。両親はその
九月九日の
「どうか私をおろしてください。」
といった。侍女達はいうなりに垣の下へいって、足がかりになってやった。三娘はひらりとおりて来た。十一娘はひどく喜んで、いきなり起っていって、その手を取って自分の
「私のほんとうの家は、ここからよっぽど遠いのですが、時どき親類の家へ遊びに来るものですから、いつか近村といったのは、その親類の家のことなのですの。あなたとお別れして、私もあがりたくってあがりたくって仕方がなかったのですが、貧乏人がお身分のある方と交際するのですから、まだあがらないうちからはじるのですわ。それに下女下男から軽蔑せられるのがおそろしいのですから、ようあがらなかったのです。いま、ちょうど
十一娘はそこで病気になっている
「私の来たことはどうか秘密にしててくださいまし。ものずきがいろいろの評判をたてると困りますから。」
十一娘は承知した。そこで一緒に十一娘の室へ帰って同じ
「ほんとに好いお友達だ。」
といって、十一娘の方を見て、
「好いお友達ができて、私もお父様もうれしいのですよ。なぜ早くいわなかったの。」
といった。十一娘はそこで三娘の意のある所を話した。夫人は三娘の方をふりかえっていった。
「あなたのような方がお友達になってくだされて、私達はうれしいのですよ。なぜお隠しになるのです。」
三娘はぽっと顔を赤くして、帯をいじるのみで何もいえなかった。
夫人が出ていった後で、三娘は帰りたいといいだした。十一娘はたってそれを止めた。そこで三娘は帰らなかった。
ある夜、室の外から三娘があたふたと走りこんで来て泣きながらいった。
「私が帰るというものを、帰してくださらないから、こんな
十一娘は驚いて訊いた。
「どうしたのです、どんなことがありました。」
三娘はいった。
「今便所にいってると、若い男が横から出て来て、私に
十一娘は細かにその若い男の容貌を訊いてからあやまった。
「そんな馬鹿なことをする者は、私の兄ですよ。きっとお母様にいいつけて、ひどい目にあわさせますから。」
三娘はどうしても帰るといいだした。十一娘は朝まで待って帰ってくれといった。三娘はいった。
「親類の家は、すぐ目と鼻の間ですから、
十一娘は止めてもいないということを知ったので、一人の侍女に垣を
三、四ヵ月して十一娘の侍女は何かのことで東の方の村へいって、夕方帰っていると、三娘が老婆について来るのにいきあった。侍女は喜んでお辞儀をして、三娘のことを聞いた。三娘も心を動かされたようなふうで、十一娘のことを訊いた。侍女は三娘の
「あなたがお帰りになってから、うちのお嬢さんは、あなたのことばかり死ぬほど思いつめていらっしゃるのですよ。」
三娘もいった。
「私も十一娘さんのことを思ってるのですが、うちの方に知られるのが厭なのでね。帰ったならお庭の門を
侍女は帰ってそれを十一娘に知らした。十一娘は喜んでその言葉のとおりに庭口の門を啓けさした。三娘はもう庭へ来ていた。二人は顔を合わした。二人はそれからそれと話して寝ようともしなかった。侍女が眠ってしまうと、三娘は十一娘の
「私はあなたが
十一娘はそのとおりであるといった。三娘がいった。
「昨年あなたと逢った処で、今年もまたおまつりがありますから、明日どうかいってください。きっとあなたがお気にいる旦那様をお見せしますから。私はすこし人相の本を読んでます。あまりはずれたことがないのです。」
朝まだ暗いうちに三娘は帰っていった。帰る時二人は水月寺で待ちあわす約束をした。
やがて十一娘がいってみると三娘はもう先に来ていた。二人はそのあたりを眺望して境内を一めぐりした。十一娘はそこで三娘を自分の車へ乗せて帰っていった。寺の門を出たところで一人の少年を見かけた。年は十七、八であろう。布の上衣を着た飾らない少年であったが、それでいてその容儀にきっとしたところがあった。三娘はそっと指をさしていった。
「あれは
十一娘はひとわたりそれを見た。三娘は十一娘と別れた。
「あなたが先へいらっしゃい。私は後からまいりますから。」
夕方になって果して三娘は来た。そしていった。
「私は今
十一娘は孟が貧しいというのを知ったので、いいといわなかった。三娘はいった。
「あなたは、なぜ世間なみのことを考えるのです。この人は長いこと貧乏する人じゃないのですよ。もしこれが間違ったなら、私は
十一娘はいった。
「それじゃどうしたら好いでしょう。」
三娘はいった。
「あなたから何かいただいて、それで約束をするのです。」
十一娘はいった。
「あなたはあまり気が早いじゃありませんか。私にはお父様もお母様もいるじゃありませんか。
三娘がいった。
「これは面倒なことですから、間違うとできないようになるのです。しかし、あなたの心がしっかりしていらっしゃるなら、生死のきわに立つようなことがあっても、だれもあなたの志を奪うことはできないのです。」
十一娘はどうしてもそれと結婚しようというような気になれなかった。三娘はいった。
「あなたには結婚の機がもう動いているのですが、
十一娘は改めて相談してからにしようと思った。三娘は門を出て帰っていった。
その時孟安仁は多才な秀才として知られていたが、貧乏であるから十八になっても結婚することができなかった。ところで、その日
「私は
孟はひどく悦んで、精しいことを聞く間もよう待たないで、急に進んで抱きかかえた。三娘はこばんでいった。
「私は
孟はびっくりしたが、しかしほんとうにはしなかった。三娘はそこで釵を出して孟に見せた。孟はとめどもなしに喜んだ。そして
「こんなにまでしていただきながら、十一娘を得ることができなかったなら、私は一生
三娘はとうとういってしまった。翌朝になって孟は、隣の
数日して某
「私は孟生でなければ、死んでも結婚しません。」
范祭酒はそれを聞いてますます怒って、縉紳の家へ結婚を許したが、そのうえに十一娘と孟とが関係があると疑ったので、吉日を
「お嬢さんがたいへんです。」
十一娘は
孟は隣の
孟は夜の暗いのをたよりに十一娘の墓へいって、心ゆくばかり
「結婚ができるのですよ。」
孟は泣いていった。
「あなたは、まだ十一娘が亡くなったのを知らないですか。」
三娘はいった。
「私ができるというのは、亡くなったからですよ。早くお宅の方を呼んで来て墓をお掘りなさい。私が不思議な薬を持っておりますから、かならずいきかえるのです。」
孟はその言葉に従った。墓を掘り棺を破って十一娘の
「ここはどこです。」
三娘は孟に指をさしていった。
「ここは孟安仁の家ですよ。」
三娘はそこで
三娘は孟が十一娘に逢うたびに座をはずした。十一娘は三娘にうちとけていった。
「私とあなたとは、ほんとうの兄弟も及ばない仲ですのに、それが長く一緒にいられないのです。
三娘はいった。
「私は小さい時に、不思議な術を
十一娘は笑っていった。
「世間に伝わっている養生術は、たくさんあるのですが、どれがほんとうに好いのでしょう。」
三娘はいった。
「私の授かっているのは、世間の人の知らないものです。世間に伝わっているものは、皆ほんとうの法じゃないのです。ただ、
十一娘はそっと孟といいあわせて、孟を遠くの方へいくようなふうをさして家を出し、夜になって三娘に強いて酒を飲ました。三娘がもう酔ってしまったところで、孟がそっと入って来た。三娘は醒めていった。
「あなたは私を殺し、もし戒を破らないで、道がなったら、第一天に昇ることができたのです。こんなになったのも運命です。」
そこで起きて帰っていこうとした。十一娘はほんとの自分の心をいってあやまった。三娘は、
「こうなれば私もほんとのことをいうのです。私は狐です。あなたの美しい姿を見て、あなたをしたって、
といいおわっていってしまった。夫婦は驚歎した。
翌年になって孟は郷試と会試に及第して、翰林学士となったので、名刺を出して范祭酒に面会を申しこんだ。祭酒は
二年して彼の