「いくら日曜の朝だからつて、もうお起ししなければいけませんわ。もう十時ぢやありませんか。美津子さん、お前お二階に行つてお父さんをお起ししていらつしやい。」
お母さんにかう云はれると、美津子は直ぐに立ちあがりました。他の用だとかう直ぐには承知しないのですが、お父さんをお起しするといふことが、大好きなのです。別に理由もないんですが、何だか自分が斯うちよつと偉くなつたやうな気がするからなのでせう。
春風そよ吹く空を見れば――美津子は、そんな唱歌を歌ひながら、トントンと威勢よく梯子段を昇つて行きました。さうして、唐紙を開けると同時に、「お父さん!」と、大きな声で呼びました。お父さんはと見ると、スツポリ頭から布団をかぶつて、恰で亀の子のやうな形をしてグウ/\眠つてゐます。
「お父さん!」と、更にもう一度美津子は呼ばはりました。やつぱり手応へがありません。
「お父さんてば――」と三度目の呼声に、やつとお父さんは、ウーム! と唸つたが、直ぐムニヤムニヤムニヤと呟きながら、一層深く布団の中にもぐり込んでしまひました。
大へんに空の好く晴れた朝です。空には一点の雲もなく、蒼々と澄み渡つて居ります。金色の陽の光が一ぱいに縁側に充ち溢れて、とても冬の朝とは思へぬ位でした。縁側に面した障子は悉く開け放たれて、清新な朝の香が部屋の隅々まで行きわたつてゐました。
「お父さん! もう十時ですよ。お起きにならなければいけませんわ。」
それでもお父さんは起きようとはいたしません。たゞ
「お父さんもう十時ですよ。お起きにならなければいけませんわ。」と、云ひました。
「未だ早いよ。」と、お父さんは夢中でさう云つたかと思ふと、今度は反対の方を向いてグウ/\眠つてしまひました。
美津子は可笑しくなりました。「そんなにも眠いものかなア、お父さんのくせに――」と思ひましたが、美津子は負けずと直ぐまた反対の側に行つて、今度は両手で揺り動かしました。
「もう少し眠らせて呉れよ。」と、お父さんは、寝言の様な調子でさう云ひながら、また寝がへりをうちました。美津子はちよつと気の毒な気がしましたが、すぐ気を取直して、
「駄目よ/\。もうお起きにならなければいけません。――ね、お父さん、思ひ切つて勢よくお起きになれば、却つて清々しますよ。」と、美津子は出来るだけ優しく、いつか自分がお母さんに云はれた時の通りなことを云ひました。
「頼む、頼む。美津子一生のお願だ。」と、眼を瞑つたまゝ尚も夢中で、お父さんはそんなことを云ひました。
「そんなお願ひ駄目よ。厭だわ、お父さんたら、ふざけて――」
「誰がふざけるもんか!」と、やゝ鋭い声で云ひ放ちました。――何て厭なお父さんだらう――と美津子は思ひました。こんな寝坊なお父さんは、世界中探したつてありやしない!
「いけませんよお父さん、今日はどんなにお怒りになつても、怖くはありませんよ。――さアお起きなさい、お父さん。」
「もう十分程でいゝ、助けて呉れ!」
お父さんは情なさゝうな声でそんなことを云ひました。美津子は、思はずプツと笑ひ出してしまひました。
「私達の学校ではね、お父さん、一週間に一度宛早起会といふのがあるのよ、御存じでせう。その時に先生が、いつも皆にかういふことをお訊ねになるのよ、お父さんは何時に起る! お母さんは? ……あなたは? ――それでね、お父さんやお母さんに起されるようではいけない、自分で起きなければいけない、今朝起されて起きた方は誰と誰ですか? 自分ひとりで起きた方は誰と誰とですか? といふ風によ。此の頃では起される人はひとりもありませんわ。私、今度の時先生に今日のことを云ひますわ。私は起されるどころではありません、いつもお父さんを私がお起しするんです、と――」
「何だつて?」とお父様は驚いて布団から顔を出しました。「いけないよ。今日は特別番外ぢやないか。――そんなことは冗談にも、学校でなんかしやべるんぢやないよ。」
「ぢやお父さんは、私に嘘を云へとおつしやるの?」
「まさか……」
「だつて、つまりさうなるわけぢやありませんか? そんならさうでかまひませんわ、お父さんの為ですもの、嘘吐きにならうと、何にならうと仕方がありませんわ。」
「お前は、何といふ理窟ツぽい子供だらう。」
「だつて……」
「よし/\もう解つた/\。降参/\。おい美津子、階下で呼んでるやうだぜ。」
「それはお父さんの夢でせう。私は、お父さんがお起きにならないうちは此処を動きません。お母さんの厳命を忠実に果すまで。」
「あゝ……堪らない。」とお父さんは、深い溜息を洩しました。
「折角の日曜なのに。」
「私こそ! 今日はお父様と郊外に行く約束ぢやないの?」
「そんな約束は知らんね。」
折角醒めかゝつたお父さんの眼は、また怪しくまどろみかゝりました。これまで苦心して失敗したら、取り返しがつかないと美津子は思ひました。何うしよう/\。美津子は、胸を掻き

いつ迄待つても誰も降りて来ないので、どうしたんだらうと思つてお母さんは上つて来ました。
「まアお父さんは未だ? ……あら美津子、どうしたの? ……まア可哀さうに。……お父さん、いゝ加減になさいよ、可哀さうに美津子を……」
お母さんのその声で、お父さんは思はず美津子の顔を見戍りましたが、たゞならぬ様子に驚いて、漸く起きあがつたと思ふと、ドン/\と下に降りて行きました。
「美津子は偉いね。後からお母さんがお願ひして、お父さんに何処かへ伴れて行つて戴きますよ。」
お母さんが慰めるやうな調子でかう云ふと美津子は何と答へていゝか解らなくなつてしまつて――と、見る間に涙がほろほろと頬を