城山は冬がいゝ。
あの峰の城趾の熊笹原の中に立つて、笹の葉裏を白くかへし、老松の幹をゆるがせて音高く吹き過ぎてゆく風の聲を聞くのはたまらなくいゝものだ。冷たい、身を切るやうな風だ。どこからともなく、どこへともなくの感を眞實、風に感じるのはこの時だ。
私は少年時代、よく獨りであの城趾のあちこちをやたらに走り廻つた。
崩れかけた石垣を逼ひ登つて、石垣の上に立ち、兩腕を高くさしのべて、たゞわけもなく涙することもあつた。
それから、ましぐらに赤土と岩の傾斜面を馳け降りて、沼から流れてくる冷たい水を、ごくんごくんと音をたてながら飮むのであつた。
さうだ。山と山との間の凹地に、雜木や、雜草にかくれて沼があつた。今でも水があるだらうか。私は初めてその沼を見つけた時、探檢でもしたやうに嬉しくてならなかつた。
その沼へは、山柿が枝を垂れ、枝には、澄み切つた青空のこちらに、熟れ切つた山柿が鈴なりになつてゐた。
その昔、美しい女達の姿を幾十人となく寫した水であらうけれど、今は老松の影さへ寫さぬ哀れさ。
沈默――靜寂はそのまゝ歴史を語るではないか。
城趾は冬がいゝ。
枯笹原をこめて沛然として來る雨もいゝ。
いつであつたか、矢張り獨りで登つた時であつたが、峰のあちらから次第に空が暗くなるよと見るまに、風と共に、大粒のあられがばらばらと落ちて來た。と凡そ一分も經たぬ中に夕立の如く、笹原をこめて降りしきつたのだつた。峰の老松も影を沒し、笹の葉は騷々しい音をたてゝあられをはねかへしてゐた。私はその中に動かないで立つてゐた。一間先も見えない程のひどい雨脚だつた。私は矢張り動かなかつた。
泣きたくなる感激に身が固くなつていつまでも立ちつくしてゐた。
頬にしぶく氷雨忘れて一時を敗軍の士の心偲びぬ
武夫 の魂 とむらふや音たてゝ枯草山にひたしぶく雨
城山を背にした町の、背にした家に生れたことを今更乍ら、幸福に思つてゐる。私は城山に育てられた。私に、もし、詩を解し得る能があり、詩を作り得る力があるなら、それは恐らく城山に負ふものであらう。
城山に就ては隨分多く書きたいことを持つてゐる。何れ機會を得てものしたいものだ。