その日
学校では不安なざわめきが感ぜられ
私はいくつかのあわれなささやきに耳をいためた
つと立ち寄り
じっとその子の瞳をみていると
うちしずみものかなしいうったえるような色を浮べて
じっとみかえす
お前もか!
お前もか!
私は
うったえる瞳の奥にひろがる貧しい生活を思い浮べ
黙って生きてゆかねばならない
曇った運命をかなしんだ
先生!
蓄膿病ってなおるでしょうか?
淋巴腺、アデノイド、扁桃腺、中耳炎
みんなきりつめた様子で私をみつめるのだ
四十人中三十名
ものかなしい瞳の色が 今日
どうしてぬぐわれよう
朗々としみるような声が
くすぐるようにうつろにかわり
一節よんでは、はなをすすり始め
一句よんではとぎれ始め
だんだんとしわがれてくる
「もういい 代って」
そう言ったが
がばとうつぶし すすりなきにくれる
級長とその子
教室にたちこめてくる冷たい冷たい
涙のちんもくよ
私はかきむしられる心にむちうって立ち上った
そうして
子供たちに病気をなおす方法をとききかした
かんたんな塩のうがい法と
もひとつ
貧乏をなくす方法について
(『詩人』一九三六年十月号に石川究一郎名で発表 『倉橋潤一郎作品集』を底本)