「親分」
「何んだ、八。大層な意氣込みぢやないか、喧嘩でもして來たのか」
錢形平次は氣のない顏を、八五郎の方に振り向けました。
「喧嘩ぢやありませんがね、
「癪なんてものは、紙入に入れてよ、
「へツ、まるで心學の
八五郎は餘つ程蟲の居どころが惡かつたものか、珍しく親分の平次に突つかゝつて行きます。
「ハツ、ハツ、ハツ、八五郎にきめ付けられるやうぢや、全く年を取つたかも知れないよ。ところで何が一體癪にさはるんだ」
平次は
「だつて、口惜しいぢやありませんか。三輪の萬七親分が、先刻昌平橋であつしの顏を見ると、いきなり、『おや八兄哥、此邊にブラブラして居るやうぢや相變らず錢形のところに居候かい。俺のところの清吉なんか、八兄哥より二つ三つ若い筈だが、此間から入谷に世帶を持つて、押しも押されもせぬ一本立の御用聞だぜ。――尤も其處まで行くのは容易のことぢやあるまいがね――』と
「――」
「あんまり腹が立つから、いつそ十手捕繩を返上して、番太の株でも買はうと思つたが――番太の株だつて唯ぢや買へねエ」
こんなに腹を立ててゐる癖に、八五郎の調子には、吹出さずに居られない
「ハツ、ハツ、ハツ、笑つちや氣の毒だが、腹を立てる度に番太の株を狙ふのは、江戸中の岡つ引にも、お前ばかりだよ。何處かに良い後家附きの株でもあるのかい。――それは兎も角、八五郎だつて立派な一本立の御用聞ぢやないか。今度三輪の親分に逢つたら、さう言つてやるが宜い。親分のところに泊つて居るのは、田舍から
「それくらゐのことを言つたんぢや、腹の蟲が
「大層
「そんなのはありますか、親分」
「大ありさ、江戸は廣いやね。――
「へエ」
「例へば、近頃三輪の親分が追ひ廻してゐる、
平次の言ふのは
「そいつはあつしも心掛けて居るが、首筋に火の燃えるやうな眞赤な
もう一つの特長は覆面の下から見える左首筋に、小判形の眞赤な痣のあることと、それから、恐しく手の
「で、まるつきり見當が付かないのか」
「へエ、首筋に痣のある人間さへ見付かればワケはないんだが」
「馬鹿だなア――、何時までもその氣だから、三輪の親分に
平次は『此子
「外に
「ぢや
「ありませんね、鏡といふものがあるんだから」
「覆面に顏を隱して、人の家へ
「成程ね」
「痣なんか目當てに
「へエ――」
平次は精一杯の激勵をするのでした。でもなければ、一本立にならうなどといふ望みを起す八五郎ではありません。
それから八五郎は、神田、淺草、下谷、小石川を
到頭悲鳴をあげたのは五日目。
「親分、駄目ですよ。痣のない人間は江戸中に多過ぎますよ」
「馬鹿だなア、そんなことぢや何年經つたつて熊吉が擧るものか。何處を一體搜し廻つたんだ」
「神田、淺草、下谷、小石川を一圓」
「熊吉の荒して歩く場所ばかり
「成程ね」
平次の狙ひはさすがに非凡でした。
「俺は痣の熊吉の押込んだ家といふのを、江戸の繪圖面に印を附けて見たが、不思議な事に本郷を眞ん中にして
「――」
「痣の熊吉は本郷では一軒も荒してゐないだらう。――これはどういふわけだ。解るか、八」
「解りませんよ。――それとも本郷は
「無駄は止せ。――痣の熊吉は本郷に住んで居るんだよ、八」
「へエツ」
「地元を荒すと足が付くと思つて居るんだらう。探すなら本郷を搜せ」
「本當ですか、親分」
「ノラリクラリと暮してゐる、金費ひの荒い野郎を搜すんだ。惡錢身につかずといふくらゐだ。盜んだ金を溜めて置く泥棒はない」
「成程ね。あつしなんか盜んだ覺えはないけれど金が身につかねエ」
「身につく程の金が入つたことはあるめエ」
「違えねエ」
「又掛け合ひ
「――」
「それからもう一つ、熊吉には合棒がある。中へ入つて仕事をするのは熊吉だが、合棒は外に見張つて居て、邪魔があると合圖をしたり、手に餘ると助勢もするやうだ。こいつは柄は大きいが熊吉ほどの腕はない。解つたか、八」
「解りましたよ。――
「毎晩家をあけることや、身輕で腕達者なことも忘れちやならない」
「それだけ解つてゐれば、
「そんな手輕なわけにも行くまいよ」
「それぢや、ちよいと行つて縛つて來ますよ」
「馬鹿だなア」
平次の言葉を背中に聽いて、ガラツ八はアタフタと飛び出しました。
それから三日目、
それは、あれほど平次に注意されて、痣のある人間には振り向いても見ないつもりのガラツ八が、本郷お弓町のとある屋敷の前で、痣のある人間に注意を
困つたことに、それは十八、九の美しい娘でした。湯から上つたばかりらしい、血色の良い顏に右の頤の下、ふくよかな線の、頬から喉へ流れるあたりに、ほんの四文錢ほどの丸い
ガラツ八はハツと立止りました。が、次の瞬間、この痣は『熊吉でない』といふ證據見たいなものだといふことに氣が付きました。熊吉は左首筋に、小判ほどの眞つ赤な痣があると言はれて居るのに、この娘は、右の頤の下――覆面でも
が、ガラツ八の驚いたのは、その痣の
ガラツ八の足は何時の間にやら、娘の後を
「おや?」
娘の入つたのは荒れ果てた門の中でした。もう
が、門の中に小綺麗なしもたやがあつて、五十恰好の召仕らしい女がいそ/\と娘を迎へたのを見て、ホツと安心した心持になります。それは矢張り出來の良い人間の娘に間違ひありません。
路地をグルリと表の方へ廻ると、荒れ屋敷の一方はかなりの構へでその入口に看板が掛けてあつて、『尺八指南、
「御免よ」
ガラツ八はもう飛び込んで居りました。
「どなたでございませう」
破れた障子の蔭から、
「尺八を
「近頃は新しいお弟子を皆んなお斷りして居りますよ」
「さう言はずに頼むぜ。尺八を稽古しなきや、男が立たねえことがあるんだ。師匠に取次いでくれ」
「でも」
老女は
「不意に來たからつて怪しい人間ぢやねエ。神田の八五郎といふ者だ。
ガラツ八は懷へ手を入れて財布の中の錢を讀みました。『憚り乍ら金に絲目は附けねエ――』とやるところでしたが、財布の中に殘つて居るのは、四文錢がたつた六枚。これぢやろくな
「おい、お六。折角さう仰しやるなら、お通し申すんだよ」
奧から
「尺八が
主人は三十二三、大町人の
「いや、あつしは遊藝が大嫌ひで、何んにもやつたことはありませんよ」
ガラツ八はツイ正直なところを言つて了ひました。本當に
「それはどうも」
主人の竹齋も
「ところで入門料はいくらでせう」
八五郎は懷の四文錢六枚で足りなかつたらどうしよう――と言つた當り前過ぎることを考へ乍ら
「それには及びませんよ。どうせ道樂でやつて居ることで、――この節は御存じの通り、金があるからと言つて、唯で喰つて居られる世の中ではございません」
主人の竹齋はホロ苦い笑ひを笑ひました。その頃は浪人や無宿者の取締りがやかましく、足腰の達者な男は、何か
「それはどうも」
ガラツ八はもぞ/\しました。四文錢六枚が助かつたのは良いが、斯う座つてゐると、シビレがきれてやりきれません。
不意に、後ろの
「――」
ガラツ八は危ふく聲を出すところでした。それは二十二三の中年増で、色の淺黒い、目鼻立の整つた申分のない美女が、横顏を見せて逃げるやうに立去つたのです。
「これはどうも、へツ、へツ、へツ」
ガラツ八はすつかり
「八、近頃は
平次は早くもそれを聽き込んだ樣子でした。
「へツ、變なことになりましたよ、親分」
「何が變なんだ。その火吹竹の師匠には、綺麗な妹が二人もあるといふぢやないか、さぞ八五郎の稽古も精が出ることだらう」
「そんなわけぢやありませんがね」
ガラツ八は照れ臭く耳の後ろばかり
「尋常に申上げた方が宜いぜ。又變なのに引つかゝると、叔母さんの心配の種だから」
「そんな怪しげなのぢやありませんよ。間違ひもなく
「山城屋瀧三郎? 店は何處だ」
「大阪で」
「何んだ上方の衆か、上方
「ありませんよ。江戸の水が戀しくつて、弟に世帶を讓つて此方へ來たといふくらゐだから」
「妹二人も江戸言葉か」
「へエー、小さい妹――
「フーム」
「
「そいつは氣の毒だな」
「飛んだ良い娘が、可哀想ぢやありませんか。一人は痣があつて、一人は唖で」
「若い女は蟲齒の痛いのまで可哀想に見えるんだらう。――ところで、そんな金持のくせに、尺八の師匠は物好きだな、弟子はあるのかい」
「四五人來るやうです。門次、伊之助、三太、由松なんてのが」
「皆土地の者か」
「いゝえ、此邊では顏を見たこともない人間で」
「まア宜い、せい/″\火吹竹の稽古をすることさ。――總領は尺八を吹く面に出來――か、
「冗談でせう」
八五郎は平手でブルンと鼻の下をこき上げました。
「ところで、近頃は他國者がやかましい。ましてそんな豪勢な暮しをする者は、何んとしても目に立つから、氣が付いて默つて居ちやお上へ惡からう。大阪へ問ひ合せて、一應身許を調べるから、山城屋の町所を訊いてくれ、大阪の弟のやつて居る店だよ」
「へエ」
ガラツ八は不足らしい顏をして出て行きました。
神田から本郷お弓町へ――。朝行つて晝過ぎに行つて、近頃は宵にもう一度行く熱心さですが、竹齋の瀧三郎は大して持て餘した顏もせず、尺八も吹けば
その時はもう
その頃流行つた風俗ですが、一
「お、八五郎親分、丁度宜い鹽梅に逢ひました。一と足違ひで出かけるところで――」
さう言ひ乍ら瀧三郎は、脇差にした尺八をグイと後ろに廻します。太く
「此處でも話の出來ないことはないが――」
「まア/\さう言はずに入つて下さい。一人で淋しいから出かけたところで、親分が來て下されば丁度好い幸ひに一本つけさせますよ」
愛想の宜い瀧三郎は、豪勢な居間に通して、お六に酒の用意を命じます。
「
八五郎の言葉に、瀧三郎はハツと顏色を變へました。
「それはわけもないが――」
「言つて困ることでもあるのかな、師匠」
「いや、困るほどの事でもないが身分はなるべく包んで置き度い。山城屋の主人と知れると、江戸には孫店も取引先も多いことだし、何彼とうるさい事にもなるから――」
それは暗い言ひ譯でした。八五郎の物を信じ
「――」
「せめて明日まで待つて下さい。妹達とも相談して、身分を明して宜いものか、惡いものか、はつきり極めませう」
「さうして上げ度いが、それが出來ない。といふのは、師匠も知つての通り、あつしは御上の御用を
「――」
「師匠の暮し向きの派手なのが、ツイ人の噂に上つて、この暮しに費ふ金が何處から出たか、錢形の親分も變に思つて居るのさ。今になつて、うつかり素姓を隱したり、金の出所を言はなかつたりすると、どんな疑ひを受けるかも解らないが、宜いだらうな師匠」
二人の美しい妹が、隣で息を殺して居るのを感ずると、八五郎もツイこれだけの事を教へてやる氣になつたのです。
「それぢや、言ひ憎いことだが、何も彼も打ち明けませう。聽いて下さい、八五郎親分」
瀧三郎の竹齋は、膝に手を置いたまゝ、ヂツと耳を澄しました。
夏の宵はまだ薄明るく、外を通る人の
「實は八五郎親分」
竹齋は續けました。
「この家は
「えツ」
丸橋忠彌の道場がお弓町にあつた事は、語り傳へに聽いて居りますが、この敷地がさうとは、八五郎思ひも及ばなかつたのです。
「私が此家へ入つたのは一年前。いろ/\
「――」
八五郎もあまりの奇怪な話に口を
「早速屆出るつもりでゐたが、そこは
「――」
「穴倉の中にはまだ二千兩近い金が殘つて居ります。それをそつくり、親分に差上げませう、さア」
これほどの重大事を、何んの
その後から二三歩廊下へ出た八五郎、
「――」
後みからそつと袖を引く者があるのです。
振り返ると小さい妹――
兄の瀧三郎を助けてくれと言ふのか、それとも、穴倉へ行つては八五郎が危いと言ふのか、それは判りませんが、兎にも角にも、八五郎ほどの男も、恐しい豫感にゾツと身内の顫へを感じないわけには行きません。
「待つてくれ師匠。――そいつは俺が貰ふにしても、今直ぐといふわけには行かねエ。明日改めて貰ひに來るから、一と晩だけは其儘にして置いてくれ」
お雪の物悲しい瞳に
「本當に貰つて下さるか、八五郎親分」
「宜いとも、二千兩と
何にかの足しどころではありません。その時分の二千兩は、今の二千萬圓にも通用するでせう。八五郎などは一生のうちに一度もお目にかゝることの出來ない大金です。
「でもちよいと見て下さい。――親分」
「見るだけなら――」
物置の床を
「この通り、二千兩くらゐはあるだらう。これは皆んな親分のものだ。持つて行きなさるとも、此處へ預かるとも勝手だが、この事だけは内々にして下さい。頼みますよ、親分」
箱の中から、山吹色も眞新らしい小判をザクザクと
もう一度八五郎の袖を引くもの、――振り返ると此處まで
「親分、驚いたの驚かねエの」
八五郎は息せききつて平次の家に飛び込みました。
「どうした、八?」
「大變ですよ、親分。ちよいと來て下さい」
「何をあわてるんだ。――お前があんまり尺八に
「その辰に逢つて、お弓町の家を見張らせて來ましたよ。――何しろ小判で二千兩でせう。いや驚かねエの」
「俺の方が驚くぜ、尺八に
「先づ聽いて下さいよ、親分。斯うだ」
ガラツ八は夕方からの事を
「そいつは大變だ。何んだつて瀧三郎を縛らなかつたんだ」
「丸橋忠彌の穴倉から金を出して費つた
「馬鹿だなア、丸橋忠彌の道場はとうの昔に取潰して、床の下まで掘り返した筈だ。そんな穴倉なんか殘つて居るものか、そいつは盜み溜めた金に決つて居るぢやないか」
「盜み溜めた?」
「瀧三郎といふ奴は、
「痣の熊吉は、左首筋に赤い痣のある小男でせう。――瀧三郎はホクロ一つない大男ですよ、親分」
「そんな事はどうだつて都合が付くよ。
「だつて親分」
何時もは獵犬のやうに勇む八五郎が、二の足も三の足も
「辰、變りはないか」
お弓町に着くと、竹齋の家の前に、番犬のやうに頑張つて居る下つ引の辰に、平次は聲を掛けました。
「何んの變りもありませんよ、親分」
「出た者も入つた者もないだらうな」
「へエ」
「さア、八、威勢よく叩くんだ。――辰は裏へ廻れ、一人も外へ出すんぢやないよ」
「へエ」
平次は八五郎に叩かせましたが、何時までやつて居ても、中からは返事もなく。開けてくれる者もありません。
「八、戸を打ち壞せ――構はないとも、後は俺が引受る」
「よしツ」
平次の氣組に
暫くの骨折で、どうやら斯うやら雨戸を押し倒して入ると、中は何んの變哲もなく、彼方此方に灯さへ點いて人の氣配もなく、更けて居ります。
「八、穴倉へ案内しろ」
「へエ」
物置へ行つて見ると、床は
「あつ、遲れたか」
差し出した灯の中に、鮮血に染んで斬り殺されてゐるのは、思ひきや、主人の竹齋こと瀧三郎の無殘な姿です。
「あつ」
「八、小判は無くなつて居る筈だ。見てくれ」
「ありませんよ、親分」
穴倉の隅の箱は空つぽ、八五郎は
「狹い穴倉の中で、良い手際だ。――これ程の男も、聲を立てずに死んだらう」
穴倉から出て奧の部屋へ行くと、平次が想像した以上の贅澤な調度の中に、姉娘の多與里は、
「あ、多與里さん」
「ア、ア、ア」
近寄る八五郎の顏を見て、唖娘は涙を流すばかり。
「待て/\、八。その繩を解いちやならねエ」
平次は近寄つてよく/\繩の具合を見た上、靜かに解いてやりました。
「お雪とお六はどうしたでせう、親分」
「心配するな。裏の方の家で
「行つて見て來ますよ」
飛んで行つたガラツ八。其處には平次の豫言に少しも違はず、妹娘のお雪は、婆やのお六と眞つ蒼になつて、唯うろ/\して居るのでした。
「八、こいつはお前の手柄だ。よく落着いて考へろ」
「へエ――」
平次はお雪、多與里、お六の三人を下つ引の辰に見張らせ、駈け付けた近所の衆を、町役人と番所と、土地の御用聞のところへ馳けさせて、さて改めて八五郎に
「先づ、あの穴倉の金は、丸橋忠彌の
「へエ――」
「お前といふ人間の正直さを知らなかつたのだ。その瀧三郎のヘマさ
「――」
「お前には見當が付かないか、痣の熊吉は誰だ」
「瀧三郎ですよ、親分」
「どうして瀧三郎が痣の熊吉だ」
「外に男つ氣がないぢやありませんか。それに瀧三郎の腰に差してゐた尺八は、あんまり太すぎると思つたら、こいつは仕掛けもので、中に
「そんな事もあるだらう。――それぢや瀧三郎を殺したのは誰だ」
「――」
「穴倉の中であれほどの
「へエ――」
疊の上に落ちてゐた赤い
「あツ」
驚く八五郎、間髮を容れず、
「熊吉、御用だツ」
平次が一
「八、曲者は外へ逃げた。お前は表へ行け、俺は裏から廻るツ」
平次の

「八、氣をつけろツ」
言ふ間もありません。
脇差がとんで八五郎の眉間へ來るのを、かわすのが精一杯、
「野郎ツ、神妙にせいツ」
二た太刀目が八五郎の
× × ×
「痣の熊吉が、あの年増女の
一
「俺も判らなかつたよ。だが、あの家は最初から怪しいとは思つた。――良い男は女に化けられるだらうが、聲だけはどうすることも出來ない。
「成程ね」
「瞳が動くのは本人も氣が付かなかつたらう。――それからあの縛つた結び目は非力な女だ。お雪かお六にやらせたと直ぐわかるぢやないか。――さう思ふと、女に化けきつて居るが、多與里の身體にはどうしても女でないやうなところがある」
多與里の繩を解いた平次は何も彼も見拔いて居たのです。
「成程ね」
「赤い
「お雪はどうなるでせう。熊吉の隱した二千兩の隱し場所を教へたのはあの娘ですが、親分」
「お前はそればかり心配してゐるが、熊吉の妹ぢやどうにもなるまい。氣の毒だが在所の遠い親類へ歸す外はあるまいよ。あの娘は何んにも知らなかつたらしいが」
「それに私を助けてくれましたよ」
ガラツ八はそれが忘れられなかつたのです。熊吉の多與里とお雪は兄妹ですが、瀧三郎は赤の他人で、それが穴倉へ八五郎を
「お前のいふのも
平次は考へ込みました。兇賊痣の熊吉の妹では、まさか八五郎の女房にはなりません。
斯うして八五郎は、一世一代の大手柄に、拭へども消えぬ悲しい