教育学の書物には教育の目的について、種々高尚なことが書いてあるようであるが、実際においては教育の目的は列国競争場裡に立って、立派に独立して行けるだけの資格を備えた次代の国民を養成するにあることはたしかである。もしこの目的にかなわぬような教育を施す国があったならば、その国の前途はすこぶるあぶない。されば教育に従事する者はこの実際的の目的を常に意識して一刻もこれを忘れてはならぬ。
さて列国競争場裡に立って立派に独立して行けるように次代の国民を養成するには、まず他の国々と自分の国とを比較してその優劣を考え、わがほうに劣った点があるならば力をつくして、一刻も早く他の国に追いつき、なおこれを追い越すようにつとめねばならぬ。またわがほうにまさった点を見いだしたならば、これはなお奨励していつまでもまさった位置を保つように心掛けねばならぬ。それにはまず他の国々に比してわが国が現在いかなる状態にあるかを熟知することが必要である。
わが国は一度は清国と戦って勝ち、次には世界の強国なるロシアと戦って勝ち、今は一等国の中にかぞえられるようになった。しかしながら軍事以外の方面を英、米、独、仏等のごとき他の一等国と比較して見ると、いかにひいきめをもって見てもかれらに匹敵するとは言われぬ。いな二等国、三等国と言われる国々にくらべてさえはるかにおよばぬ点もはなはだ多い。物産について見ても、わが国の主要な輸出品は生糸、茶のごときほとんど天産物そのままのもので、他の一等国のごとき精巧な機械、薬品、工芸品ではない。外国人に見せて
昔は交通の開けなかったために、わが国のごときアジアの片隅にあって他の一等国と遠く離れているところでは、たとい多少他に劣った点があっても、ただちにそのため不利益をこうむるごときことはなかったが、今日のごとくに二週間あればヨーロッパからこられる時代となっては、いささかでも他に劣った点があれば、そのためたちまち窮境におちいるおそれがある。国と国との間には
わが国がいまだ一等国と呼ばれなかった間は、他の一等国の研究の結果をそのままもろうてまねすることができた。かれらはあたかもおとなが小児を見るごとき心持で、わが国を見ていたから、何をも隠さずに教えてくれたが、わが国が露国に勝って自ら一等国と名乗るようになってからは、様子が全く一変して、かれらはわが国を競争の相手と見なし、大いにわが国を買いかぶって、もし工業上の秘密を漏らしたならば、即座にこれをまねして、たちまち自国を圧倒しうる力を有するもののごとくに心得てか、視察員が来てもいっさい門をとざして見せぬようになった。されば今後はすべてわが国で研究し、他国に劣らぬように、他国にまさる速力をもって理科の知識を進めねばならぬから、理科教育の奨励は実にわが国目下の急務である。
理科教育を奨励するには、まずその
要するにわが国は他の一等国に比して、理科的知識とその応用とにおいてはるかに劣等の位置にあり、今後よほどの奮発をしなければとうていかれらと肩を並べて競争場裡に立つことはできぬ。しかし理科的知識を進めるには、まずその根柢たる理科的精神を養成して、盛んに研究心を起こさせることが必要である。かように考えると、普通教育における理科的訓練はわが国の将来に重大な関係を有するものであって、決して今日までのごとくに軽んぜられてよろしいものではない。教育の任にあたる者で、いやしくもわが国の将来を考えるものならば、大いにこの点に注意して、全力をつくす覚悟がなくてはならぬ。
理科を発達せしめるには理科的精神を養成しなければならぬが、理科的精神とは前に述べたとおり書物に書いてあることでも、他人から聞いたことでも、ただちにそのままに信ずるごときことをなさず、できる限り実物について照らし合わせ、もし疑うべきことがあれば、さらにこれを研究するという精神で、語をかえて言えば何事もまず疑い、次に研究によってその解釈を求めるという精神である。すなわち信ずべき理由を見いだせば信じ、疑うべき理由のある間は疑い、いずれともにさらに研究を進めるのが理科的精神で、この精神をもって自然界に対し、研究を怠らなければ理科は必ず進歩し、その応用の途も必ず開ける。この精神と正反対に位するものは迷信である。迷信とはその時代相当の知識をもって考えて、とうてい信ずべき理由のないことをみだりに信ずるのを名づける。理科は疑いによって始まり、研究によって進歩するものであるから、話して聞かされたことを頭から信じてかかる迷信とは、性質上とうてい両立することはできぬ。理科に適する脳髄は迷信には適せず、迷信に適する脳髄は理科に適せず、同一の脳髄をもって理科と迷信とを兼ねつとめることはできぬから、理科を奨励することは、すなわち迷信を退けることにあたる。もっとも人間の知識は次第に進歩するものゆえ、今日真理と見なされることが、将来には迷信と名づけられる時がくるやもしれぬ。歴史を見れば、多くの「真理」なるものは初め異端の説として現われ、暫時もっぱら行なわれたるのち、ついには迷信として葬られるのが定例のごとくであるから、今日の真理もあるいは一時的の真理かもしれぬが、これはやむをえない。われらは時代相当の知識を標準として、迷信とみなすべきものを迷信として論ずるよりほかに途はないのである。さて今日わが国の状態を見ると、迷信とみなすべきものの行なわれていることはきわめて多い。これがすなわちわが国に理科的精神の普及せぬ証拠で、これを見ても理科教育をいっそう盛んにせねばならぬことが知れる。数日前のある新聞に、ある地方の寺で和尚と小僧とが喧嘩をして、小僧は
今日の立憲政治国には決してないことであるが、昔はずいぶん迷信によって民を治めようとしたところがある。主権者を神の代表者なりと信ぜしめ、主権者の意志はすなわち神の意志であるから絶対に服従すべきものであると教え、これにそむく者は神の代表者なる主権者によって厳罰に処せられるという仕組みにして民を治めようとしたが、これは治める側から見ればきわめて都合のよい仕組みで、もし完全に行なわれさえすれば、何の困難もなく長く治めてゆくことができる。また治められる側から見ても主権者があまり無法なことをせず、民を愛撫してくれさえすれば喜んで長く治められ、泰平を謳歌して子々孫々無事を楽しむことができるであろう。それゆえ、迷信によって民を治めるということは、その時だけのことを考えると、しいて非難すべきものではなく、暫時なりとも、それによって国が治まり、民が安楽に暮らせるならば、かえって賞讃すべき価があるかもしれぬが、世が進み隣国との交通も開け、人民の思想が広くなってくると、いつまでも昔のままに迷信を保たしておくことが困難になり、治める側に立つ者は、いきおいあるいは坊主を雇い入れたり、あるいは教員に命令を下したりして、迷信の保存に力をつくさなければならぬように立ちいたる。かくしてわざわざ力をつくして迷信の保存をつとめるようになれば、自然の結果として、何事に対しても疑いを起こすごとき傾向を防ぎ、人民の研究心をおさえることになるから、理科的知識の発達は是非ともそのために障害せられ、文明の進歩はきわめて遅くなるはやむをえない。世の中に国が一つよりない場合には単に国が治まり、民が幸福でありさえすればよいのであるから、もし迷信によってこの目的が達せられるならば、それでまことに結構であるが、地球上にはたくさんの国があって、これがおのおの力をきわめて互いにはげしい競争をしている以上は、単に国内の平穏無事のみを目的として安心してはおられぬ。必ず他にまけぬだけに進歩しなければならぬが、この方面から考えると、迷信をもって民を治めるということには大いなる害がある。
前にも述べたとおり、昔の世の中ではずいぶん迷信によって民を治められる者も、しばらく泰平をうたうことができたが、世が進んで人の知識も自然に発達せんとする場合に、なお旧来の迷信を利用して民を治めんとはかることは、その国の将来に対してははなはだ不利益なことである。治める側の者はただ一途に国を思い、民を思うて旧来の迷信の保存につとめるのであるとしても、これは目前のことのみに重きをおいて、将来のことを度外視した誤った考えである。時勢の進歩を顧みず旧来の迷信をしいて保存しようとすれば、いきおい理科的精神をおさえることになり、理科の発達を妨げ、理科的知識の応用を遅からしめて、文明の進歩を阻害することになるが、列国競争場裡にあって独立を保ってゆくには、このことはよほど考えねばならぬ。今日最も文明の進んだ英、米、独等のごとき強国は従来迷信を利用することの最も少なかった国々で、今日文明におくれて衰弱の状におもむきつつあるイスパニヤのごときはかつて最も多く迷信を利用したことのある国ではなかろうかと考える。迷信をもって民を治めれば、治める者は骨が折れぬかもしれぬが、国の進歩はそのために遅れる。これに反して民の研究心を励ませば、治める者は骨が折れるが国の進歩はいちじるしい。要するに迷信によって民を治めんとするのは、現在のために将来を犠牲に供することにあたるから、かりに今日かような政策を取るとしたならば、その国の前途は実に危ういものである。
新聞紙の報ずるところによると、近来わが国では教育の一手段として、神社仏閣等に参詣することが行なわれ始めたようで、何村の小学校では校長が生徒全部を率いて鎮守の社に参拝して御供物をいただいて帰ったとか、何学校の生徒団体が何寺に詣でたとかいう記事を見ることがしばしばあるが、これについては教育者のよほど注意しなければならぬ点があると思う。それは何かといえば、すなわち迷信を避けることである。神社仏閣に参詣することはわが国従来の風俗であって、われらのごとき者でさえ、神社仏閣のあるところへ行けば必ず参拝することに定めているが、神社や仏閣の由来、縁起を書いたものを見ると、いずれも昔の未開の時代に誰かが造ったものと見えて、今の知識をもっては明らかに迷信と見なさざるをえぬようなことで充たされている。学校の生徒などに特に神仏を敬わしめようと導く場合には、往々かような迷信を迷信として退けることを躊躇するごときことがないであろうか。もしいささかでも迷信を退けることを躊躇し、生徒らをしていささかでも迷信におちいらしめるおそれがあったならば、その国家の将来におよぼす影響は決して好良なりとは言われぬ。現在の宗教から迷信に属する部分を引き去って、残余の部分を尊崇するように導くことができるならばまことに結構であるが、神仏を敬う心を速かに養おうと急ぐのあまり、知らずしらず迷信を伝え広げるようなことがあったならば、利よりも害のほうがはるかに多い。これは実際教育に従事している者の深く考えなければならぬことである。
元来神仏を尊崇することを奨励したならば、世の風俗が改良せられるであろうか否かがすでに疑問である。今日教育ある一部の人々の間に宗教が全く勢力を失うにいたったのは、現在の宗教がもはやかかる人々に適せぬゆえであって、とうていこれを回復することはむずかしい。また昔から「椿の木と後生願いに
「苦しい時の神頼み」という諺もあるとおり、何事でも種々の方法をつくしても効果の現われぬ場合には神仏に頼るようになりやすい。たとえば病人でもかの医者にも診てもらい、この病院へも入れたりしてもいちじるしく効のないときは、ついに
(明治四十四年五月)